公益財団法人野口研究所

研究室の紹介Laboratory

糖化合物合成

 病気の原因や生命現象の解明等、生物の機能に関する研究には、生物内で実際に「その機能」に関与している物質を使用する必要があります。しかし多くの場合はそのような重要な物質は生体内に極微量しか存在していないために、研究に必要な量の物質を生物から集めてくることは非常に困難です。
 そのような場合は化学合成の出番です。化学合成であれば研究に必要な化合物を必要な量だけフラスコの中で合成できます。
 また天然には存在しない化合物を自由自在に合成できることも化学合成の強みです。多くの医薬品は天然物の構造を基にして最適な構造、すなわち非天然型の構造にデザインされ、化学合成によって製造されています。
 当研究室では化学合成を駆使して、生物化学的知見の解明に有用な化合物の合成を行っています。ここでは2つほど例を挙げて紹介いたします。

筋ジストロフィーの原因を解明するための糖化合物(CDP-リビトール)の合成

 筋ジストロフィーは筋力が低下し運動機能などに障害をもたらす疾患です。特に福山型先天性筋ジストロフィー症は全身の筋力低下に加えて脳の発達異常を伴う重篤な遺伝子疾患で、日本では小児筋ジストロフィー症の中で2番目に多い疾患です。脳と筋肉の発達や機能にはαDGというタンパク質に結合している「αDG糖鎖」が必須なのですが、福山型先天性筋ジストロフィー症の患者さんはこのαDG糖鎖に異常があることが分かっていました。しかしαDG糖鎖の構造や、αDG糖鎖がどのようにして体内で合成されるのかがはっきりと分かっていませんでした。このαDG糖鎖の構造や体内での合成経路を解明するためにはCDP-リビトールという糖化合物が必要でした。そこで当研究室で化学合成を行いました。合成したCDP-リビトールを利用することでαDG糖鎖の構造や体内での合成経路が明らかとなり、CDP-リビトールの不足が筋ジストロフィー症の一因となることも明らかとなりました。

筋ジストロフィーの原因を解明するための糖化合物(CDP-リビトール)の合成

 この筋ジストロフィーに関する研究は、合成化学・構造解析・生物化学・医学等の幅広い分野の研究者との共同研究の成果です。

関連論文

Cell Reports 2016, 14, 2209-2223
“Identification of a Post-translational Modification with Ribitol-Phosphate and Its Defect in Muscular Dystrophy”
Motoi Kanagawa, Kazuhiro Kobayashi, Atsushi Kuga1, Michiko Tajiri, Hiroshi Manya, Yoshiki Yamaguchi, Keiko Akasaka-Manya, Jun-ichi Furukawa, Mamoru Mizuno, Hiroko Kawakami, Yasuro Shinohara, Yoshinao Wada, Tamao Endo, Tatsushi Toda

インフラマソーム阻害剤の合成

 体内に病原体が侵入すると「インフラマソーム」と呼ばれるタンパク質複合体が形成されます。このインフラマソームは免疫細胞の刺激や増殖等、自然免疫系を活性化する働きをしますが、過度の活性化が様々な炎症性疾患(動脈硬化、痛風、アルツハイマー、敗血症、等)に関わっているのではないかと考えられています。そのため、これらの疾患の予防や治療を可能にする医薬の成分としてインフラマソームの働きを抑制する化合物(阻害剤)が注目されています。
 近年、デンプンから生産される1,5-D-アンヒドロフルクトース(以下、1,5-AF)がインフラマソームの形成を阻害する作用を有していることが報告されました。そこで1,5-AFよりも強いインフラマソームの形成の阻害効果を目指して、1,5-AFの構造を基にして下図に示すような非天然型構造を有する新規な化合物の合成を行いました。

インフラマソーム阻害剤の合成

 これらの合成化合物についてインフラマソーム形成の阻害効果を調べた結果、1,5-AFと比べて約18~36000倍の強さがあることが明らかとなりました。この研究成果である新規化合物は、慢性炎症や自己炎症性疾患などの医薬の成分、またはその基となる構造として有用であると考えています。

関連論文

Bioorg. Med. Chem. 2018, 26, 3763-3772
“Synthesis of 1,5-Anhydro-D-fructose derivatives and evaluation of their inflammasomeinhibitors”
Kohtaro Goto, Hiroko Ideo, Akiko Tsuchida, Yuriko Hirose, Ikuro Maruyama, Satoshi Noma, Takashi Shirai, Junko Amano, Mamoru Mizuno, Akio Matsuda

関連特許

特許第6722895号「カスパーゼ1活性化阻害剤」