糖鎖は、搭載する糖タンパク質などの働きにおいて非常に重要な役割を果たすことが知られています。そのため、糖鎖構造や糖鎖の付加状態が変わることによって糖タンパク質の働きに変化が生じ、生理機能に影響を及ぼして疾病に結び付く可能性があります。つまり、糖鎖は疾病の発症や進展とも大変密接な関係があると言えます。
糖鎖と疾病の関係で最も分かりやすいのが、先天的な遺伝子異常によるものになります。先天的に遺伝子配列に変異が入ることによる疾病は様々な領域で知られていますが、糖鎖の分野でも数多くの報告がされています。例えば、糖鎖合成に関与する遺伝子の配列に生まれつき変異があり、その遺伝子の働きが低下あるいは完全に欠失するなどによって、糖鎖が正常とは異なる不完全な状態となることがあります。その不完全な糖鎖が引き金となり、精神機能や運動機能の発達遅延のほか、肝臓や消化管など内臓性の機能異常といった多岐にわたる臨床症状が引き起こされます。この様に、糖鎖合成の先天的異常によって様々な疾病が引き起こされることが知られ、先天性糖鎖合成異常症(Congenital Disorders of Glycosylation)などの先天性疾病が報告されています。その中で野口研究所は外部研究機関との共同研究に加わり、筋肉の維持・機能に重要なαジストログリカンという糖タンパク質の糖鎖修飾に働く糖転移酵素が筋ジストロフィー症の原因遺伝子であることを証明して、疾病発症のメカニズムを明らかとすることに成功しています。
また、先天的なものではなくその後の生活習慣や細胞機能の変化によって引き起こされる疾病も知られています。例えば、細胞ががん化すると特徴的な糖鎖構造が発現するようになりますが、これはがん細胞において糖鎖の合成に関与するN-アセチルグルコサミン転移酵素Vなど特定の糖転移酵素が活性化することによって、正常細胞では見られない様な糖鎖が合成されるためです。この様ながん細胞特有の糖鎖構造は、がん細胞の不死化や細胞間の接着・転移、細胞の異常増殖といったがん細胞特有の特徴にも関係することが知られ、がんの悪性化にも重要な役割を果たしています。また、異常な糖鎖構造の発現によって糖尿病などの生活習慣病が引き起こされることも報告されており、糖鎖を主役とする疾病がさらに明らかにされつつあります。
この様に、糖鎖の変化は様々な生理機能に影響を及ぼし、時として疾病の発症を引き起こします。その疾病発症のメカニズムを詳細に明らかとすることは、新たに疾病を診断する方法(糖鎖バイオマーカー)や治療する方法を提供することに繋がることになり、非常に重要な研究課題と言えます。